初心者必見!ライセンス契約書のポイント解説
1.ライセンス契約書とは
(1)目的と重要性
ライセンス契約書とは、特定の知的財産を他者に使用させるための契約書です。このライセンス契約書は、知的財産の利用を許諾する側(ライセンサー)と、知的財産を利用する側(ライセンシー)の相互の権利と義務を明確にし、双方の利益を守るために重要です。
知的財産の担当者がいない企業では、専門的な知識が不足しがちです。そのため、本記事は、ライセンス契約書について注意すべき点などポイントを詳しく解説します。
(2)主なライセンス形態
ライセンス契約書には、以下のような主な形態があります。
①侵害発生の事前回避(特許)
新製品・新サービスに用いる技術をそのまま用いると他社の特許権を侵害することになる場合には、その他社から事前にライセンスを取得することによって、その特許権を侵害するリスク(法的リスク)を回避して、安心して技術を活用できます。
②侵害発生後の解決(特許)
既に特許権侵害の紛争が発生している状況において、その解決のゴールとしてライセンス契約が用いられる場合があります。このライセンスでは、過去の特許権侵害について適切な対価を支払うとともに、今後ともその他社の特許権を利用できること(対価の支払を伴って)について合意します。これによって、訴訟を回避し円満に紛争を解決することになります。
③秘匿技術の導入(ノウハウ)
ノウハウライセンスは、他社において秘匿された有用な技術や知見を導入するための契約です。その導入によって、他社のノウハウを安全に利用して、自社の競争力を高めることができます。
④ブランド利用(商標)
商標ライセンスは、他社の商標の持つブランド価値を利用するために使用されます。他社の信用力あるブランドを用いることで、市場での認知度と信頼性を高めて、製品・サービスの売上に貢献します。
⑤著作物利用(ソフトウェア等の著作物)
著作権ライセンスは、ソフトウェア、イラスト、音楽など創作物を利用するための契約です。適切なライセンスを取得することで、著作物を著作権侵害等を避けつつ活用できます。
(3)ライセンス契約書の交渉
ライセンス契約の交渉は、成功に導くための重要なステップです。主な手順について概要を説明します。
①事前検討
ライセンス契約の目的を明確にし、自社の事業戦略や技術開発戦略に合致しているかを確認します。また、相手方(ライセンサーの立場ではライセンシー、ライセンシーの立場ではライセンサー)の評価や許諾対象となる特許権等の知的財産の価値や有効性を検討します。
②交渉申入れ等
ライセンス契約を希望する当事者は、事前検討の結果に基づいて、相手方に契約交渉の申入れを行います。ここでは、契約の概要や条件を提示し、相手方の意向を確認します。
③許諾対象の相互評価
契約交渉の初期段階で、許諾対象となる特許権等の知的財産の事業性や有効性を相互に評価し、契約条件の基本骨格を作ります。
④契約書の作成
契約条件の基本骨格に基づいて、ライセンス契約書を作成します。一方の当事者が契約書案(ドラフト)を作成し、他方の当事者がそれを確認・修正し、これを相互に繰り返すことによって、契約書案を完成させます。
⑤契約書の押印等
完成させた契約書案については、各当事者の社内で決裁者に上申して決裁を得ます。両当事者の決裁が整うと、両当事者の決裁者が押印してライセンス契約書が完成することになります。
2.ライセンス契約書の主なポイント
(1)各当事者の役割・責任の明確化
ライセンス契約書において、各当事者の役割と責任を明確にすることは極めて重要です。
ライセンサー(許諾者)は、自社の知的財産を適切に管理し、ライセンシー(被許諾者)に対してその利用を許諾する役割を持ちます。
ライセンシーは、許諾された範囲内で知的財産を利用することができる一方、ライセンサーに対価を支払う義務があります。
ライセンサー・ライセンシーのそれぞれの権利と義務を明確に定めることによって、トラブルのリスクを減らし、円滑なビジネス関係を築くことができます。
(2)ライセンス対象の明確化
ライセンス契約書では、許諾される知的財産の対象を明確に定義する必要があります。例えば、特定の特許、商標、著作物、ノウハウ等の種類と、その具体的な対象(例えば、特許であれば特許番号)を明確に特定して記述します。ライセンス対象が不明確な場合、契約の根幹が揺らぐことになり、誤解や争いが生じかねません。
(3)対価とその支払い方法の合意
ライセンス契約書において、ライセンシーがライセンサーに支払う許諾対価の額は、最も重要な許諾条件といっても過言ではありません。対価は、一時金、ランニングロイヤリティ(売上や使用量に基づく支払い)、又はこれらの組み合わせとすることが一般的です。
また、ライセンス契約書には、その対価の支払い方法が明確に記載される必要があります。支払い期日、振込先など詳細に取り決めます。これにより、後日の紛争を防ぎ、透明性の高い取引を実現します。
(4)契約解除の条件とその対応
ライセンス契約書には、契約解除の条件とその際の対応についても明確に規定することが必要です。例えば、契約違反が発生した場合や、ライセンシーが倒産した場合など、解除事由を具体的に記載します。また、契約解除後の知的財産の取り扱いや、解除後に残存する義務についても詳細に記述することで、契約解除時の混乱を防ぎます。これにより、双方のリスクを軽減し、契約の信頼性を高めます。
(5)想定外事象が発生した際の対処に関する合意
ライセンス契約書では、想定外の事象が発生した場合の対処方法についても規定することが重要です。例えば、法改正や市場の変動、技術的な進展など、予期しない事態が生じた際の対応策をあらかじめ合意しておくことで、柔軟に対応できる体制を整えます。このような条項を設けることで、契約期間中の予測不可能な事態にも迅速かつ公平に対処し、ビジネスの継続性を確保することが可能となります。
3.ライセンス契約書の主な条項
(特許ライセンスの場合)
ライセンス対象として一般的な「特許」に関するライセンス契約書について、以下に主な条項を説明します。
(1)前文
①前文の記載事項
前文は、ライセンス契約書の冒頭にあって、「○○株式会社(以下「甲」という。)と○○株式会社(以下「乙」という。)とは、甲が乙に対して○○に関する特許を実施許諾することについて、以下のとおり合意し本契約を締結する。」のように記載される部分です。
この前文には、契約の最低限の概要として、契約当事者(ライセンサー・ライセンシー)の名称、ライセンス契約を締結する旨を記載します。契約当事者の定義の仕方については、法令上の制約はありませんが、国内契約では一般に「甲・乙・丙・・・」が用いられます。
前文には、契約の締結に至った経緯、前提となる契約、双方の立場などを記載する場合もあります。これにより、契約の背景も含めた全体像が理解しやすくなり、後々の解釈においても役立つことになります。
②目的の記載について
ライセンス契約では契約の目的は自明(特許実施を許諾すること)であるとして記載しないことも多いですが、ライセンサー・ライセンシーの何れか又は双方に特定の目的がある場合にはそれを記載する場合もあります。これによって、契約書の各条文を解釈し易くなるというメリットがあります。
(2)用語の定義
①「用語の定義」の条項を設ける目的
ライセンス契約書で「用語の定義」の条項を設ける目的は、冗長な表現が繰り返し契約書に登場することを回避して、契約書を読みやすくすることです。上手く定義を用いることによって、シンプルでわかり易い契約書にすることができます。
また、ライセンス契約書の交渉の過程で、当事者間で用語の意味を擦り合わせることによって、用語の解釈上の疑義・争いを生じないようにすることもできます。よって、微妙な概念については定義の対象にして当事者間の認識合わせをするとよいと思われます。
②定義の際の留意点
最も重要なことは、用語の解釈に齟齬が生じないよう、明確に定義するという点です。
次に、一般の用語と混同しないような文言を設定します。例えば、許諾対象にする特許については、「特許」のような一般用語にせずに「許諾特許」のように契約書上の用語であることがわかるようにします。
また、定義する用語間の重複・矛盾を無くすことも必要です。用語の概念が重複していると、ある事実が生じた際にどちらの用語を当て嵌めたらよいかが不明になるからです。
③許諾特許の定義
ライセンス契約の実施許諾の対象となる特許は契約書の多くの場所に登場するため、これを定義することが必要です。一般に「許諾特許」や「本件特許」「本特許」という文言を用いることが多いといえます。
また、対象となる特許は、一般に「特許番号」で特定する場合が多いです。特許が多い場合には特許番号をリスト化したり別紙にリスト表を設けたりします。なお、登録前の出願中のものは出願番号で特定します。
ただし、技術分野や特定の製品について包括的に特定する場合には、「甲が保有する○○分野の特許」「甲が保有し○○製品の製造に必要な特許」というように表現する場合もあります。
④許諾製品の定義
ライセンスを受けて製造・販売される製品を定義することが多くあります。この場合、「許諾製品」や「本製品」「本件製品」などと定義します。
対象とする製品は、具体的な製品名や製品型番で特定することが多いですが、包括的に特定する場合には、「許諾特許を実施する全ての製品」「○○分野の全ての製品」などと表現します。
⑤子会社の定義
ライセンサーが許諾対象の特許について自己の子会社の保有する特許も対象に加えたり、ライセンシーが実施者に自己の子会社を加えたりする場合があります。この場合に「子会社」の定義を設けて、その会社や範囲を特定します。
自己の子会社も含めたいと考える側の当事者は子会社の範囲を広くしたいと考える傾向にあり、逆に反対側の当事者は子会社の範囲を限定したり、個別の具体的な会社に絞りたいと考える傾向にあります。両当事者で十分に協議して子会社の範囲を設定する必要があります。
(3)実施許諾
実施許諾の条項は、ライセンス契約書の中心となる条項です。ライセンサー・ライセンシーとも自己の事業目的等を踏まえて、許諾対象、許諾期間、実施権の種類、実施態様などを設定する必要があります。
①許諾対象の特定
許諾対象となる特許権を明確に特定します。定義の条項に設けた「許諾特許」を用いて特定することが多いといえます。これにより、ライセンス対象が明確になります。
また、実施する製品を特定します。これも定義の条項に設けた「許諾製品」を用いて特定することが多いといえます。
②実施権の種類
実施権には幾つかの種類があります。以下に種類ごとに説明します。
a)非独占通常実施権
この非独占通常実施権は、ライセンサーが他の第三者にも同じ内容のライセンスを付与できる権利です。ライセンス契約では、この非独占的通常実施権が最も多いといえます。
通常実施権の法的な性質は、ライセンサー(権利者)がライセンシーに権利行使しない旨の「債権的権利」であると言われています。よって、ライセンシーは第三者の無断実施に対して権利行使することはできません。
なお、単に「通常実施権」という場合はこの実施権を指しますが、念の為「非独占」であることを明記するため「非独占的通常実施権」の文言を用いることも多い実情にあります。
b)独占的通常実施権
この独占的通常実施権は、ライセンサーがライセンシー以外の第三者に対して、同じ内容のライセンスを付与しないという特約を付した実施権です。よって、ライセンシーは、競合者の出現による競争下に置かれる心配が無くなるという優位性を享受できることになります。
ただし、独占的といえども通常実施権は「債権的権利」であることから、ライセンシーは第三者の無断実施に対して実施権に基づく差止請求はできません。しかし、判例上、自己の「独占的な地位」に基づいて無断実施者に対し損害賠償請求できる、とされています。
c)完全独占的通常実施権
この完全独占的通常実施権は、上記b)の特約に加えて、ライセンサー自身もライセンス内容に関する実施を行わないという特約を付した実施権です。よって、ライセンシーは、第三者の実施もライセンサー自身の実施も無い状況で実施できるというメリットを享受できることになります。
なお、第三者の無断実施に対してライセンシーは、上記b)と同様に、差止請求はできませんが、損害賠償請求はできる、とされています。
d)専用実施権
上記のa)~c)の通常実施権が「債権的権利」であるのに対して、専用実施権は、法令により認められた独占的な実施権であり、法的な性質は「物権的権利」であると言われています。
物権的権利であるが故に、ライセンシー(専用実施権者)自身が第三者の無断実施に対して権利行使(差止請求及び損害賠償請求)できます。また、ライセンス範囲内ではライセンサー自身も実施することができないことになります。
この専用実施権は特許庁への登録手続でもって効力が生じます。この点は、当事者の合意のみで成立する通常実施権とは大きく異なります。
③クロスライセンス
お互いの知的財産を相互に許諾し合うライセンス契約の形態です。両当事者が相互に相手方の知的財産を使用したい場合に用いられます。
クロスライセンスは一般に相互無償とすることが多いといえますが、双方の価値に大きく違いがある場合は、その差額を金銭として支払うという場合もあります。
④過去分免責条項
契約締結前の特許権侵害については特許権者(ライセンサー)に損害賠償請求権が生じています。特許権侵害の紛争解決の為に、この過去実施分の損害賠償請求を相応の対価支払いによって免責する為の条項です。
⑤製造委託条項
ライセンシーが第三者に製造を委託する際の条件を定めます。法令の解釈では、ライセンシーが第三者に製造を委託する場合に特定の要件を満たすときは、その第三者の製造はライセンシー自身の実施行為とみなされます。
しかし、現実的にその特定の要件を満たすかどうかの判断が微妙な場合が多いため、ライセンシーの立場では、「ライセンシーが第三者に製造を委託できる」旨の規定を置いて、製造委託の事前同意を得ておくことが無難であると考えられます。これによって、製造委託がスムーズに行えるようになります。
(4)再実施許諾
再実施許諾とは、ライセンサーから実施許諾を受けたライセンシーが更に第三者に実施許諾することをいいます。ライセンス契約書において、この再実施許諾できる権限をライセンシーに付与する場合に、再実施許諾の条項を設けます。
①再実施許諾が必要となるケース
再実施許諾は、ライセンサー・ライセンシーともそれぞれの立場で必要となる場合があります。ライセンシーの立場では、自社で製品の製造・販売を行わずに、グループ会社に製品の製造・販売をさせるような場合に必要となります。また、ライセンサーの立場では、市場拡大・技術普及や実施料の獲得拡大を目的として、ライセンシーを介して多くの者に実施させたい場合に必要となります。
②再実施許諾の条件
再実施許諾を行うための条件を明確にします。特に、ライセンサーの立場では、自社事業に対して再実施許諾先が競合事業者にならないように留意する必要があります。その為に、再実施許諾先についてライセンサーの事前承諾を条件にすること等が考えられます。
③再実施許諾対価の収受
再実施許諾先の実施に対して課す対価を定めて、その支払い方法を明確にします。また、その対価については、ライセンサーとライセンシーのどちらが収受するのかを定める必要があります。これについては相応の比率で分割して両方の当事者が収受する場合が多いといえます。
(5)技術情報の開示
①技術情報の開示の目的
ライセンス契約による実施許諾に伴って、ライセンサーからライセンシーに対して、許諾特許に不随する技術情報を開示する場合があります。この技術情報の開示に関する両当事者の権利・義務を定めることが必要となります。
②技術情報の開示の範囲
開示対象とする技術情報やその範囲を明確に特定することが重要です。ライセンサーの立場では開示義務を負う技術情報を特定することになり、ライセンシーの立場では入手できる技術情報を明確にすることになるからです。
③秘密保持義務
ライセンサーの立場では、開示する技術情報についてライセンシーに対して秘密保持義務を課すことが必要です。また、実施許諾の対価とは別に、情報開示の対価を得ることも考えられます。
(6)対価・支払い方法
ライセンス契約による許諾の対価の金額、その支払い方法を定めることは実体的にライセンス契約での最重要事項といえます。
対価の支払い方法は、契約締結後の一定期間内に一時に支払う一時金と、特定の実施期間毎(例えば、毎月・半年毎・1年毎)に、その期間の実施実績に基づき支払うランニングロイヤリティの2つに大きく区分されます。以下それぞれの詳細について説明します。
①ランニングロイヤリティ(実施料率方式)
この場合、次の算定式が用いられます。
実施料 = 許諾製品の販売価格 × 実施料率
実施料率は、一般的には各業界の標準的な実施料率を基準にして、種々の考慮要素(許諾特許の有用性・貢献度、代替技術の有無、実施権の種類等)で補正して求める場合が多いといえます。
販売価格は、総販売価格から経費を控除した正味販売価格を用いるのが一般的です。ただし、その経費をどの項目(包装費・運送費・保管料等)にするかは両当事者で擦り合わせする必要があります。
この方式のメリットは、たとえ販売価格の変動があっても、販売実績が正確に実施料に反映されることといえます。一方、この方式のデメリットは、ライセンシーにとり実施料算定の為の管理負担が大きいということがいえます。要は、この方式は、実施料の金額を正確に算定できるがライセンシーの管理負担が大きいということがいえます。
②ランニングロイヤリティ(実施料単価方式)
この場合、次の算定式が用いられます。
実施料 = 許諾製品の販売数量 × 実施料単価
実施料単価は、許諾製品の予想販売数量に想定実施料率を掛け合わせて算出したり、許諾製品における許諾特許との関係が明確な部品等の金額から算出します。
この方式のメリットは、ライセンシーは販売数量のみを管理しておけばよく実施料管理の負担が小さいといえます。一方、この方式のデメリットは、販売価格の変動があっても、実施料金額には反映されないことです。要は、この方式は、実施料率方式ほどの正確性は無いが簡便であるということがいえます。
③一時金
一般に、ランニングロイヤリティを用いることが多いといえますが、所定の場合には一時金とすることもあります。例えば、許諾製品の売上予測の精度が高い場合において一時に支払いたい事情があるとき(例えば、実施期間毎のランニングロイヤリティが低額であり毎期の収受の為の人件費等の経費に見合わない場合)、紛争解決としてライセンス契約を締結する場合に過去実施分を一時に支払う場合、技術情報の開示対価を一時に支払う場合等があります。
また、ランニングロイヤリティと組み合わせて使う場合もあります。例えば、特許権の実施許諾とともに不随する技術情報を開示する場合に、技術情報の開示料を一時金、特許権の実施料をランニングロイヤリティとするようなことです。
(7)対価の不返還
ライセンシーがライセンサーに支払った既払い対価(実施料)について、ライセンシーに変換するかどうかを規定する条項です。
特許無効となった場合は、特許権は初めから無かったことになるので(特許法125条)、既払い対価は不当利得であるとする考え方がある一方、無効となるまで、ライセンシーは第三者の実施を排除して実施できていたとの実施許諾の効果を得ていたので、不当利得ではないとの考え方もあります。どちらかというと後者の説の方が有力であるともいわれています。
①権利無効となった場合
上記の状況を踏まえて、一般に、「既払い対価は返還しない」と規定する場合が多いといえます。
②実施料の過誤納の場合
ライセンシーが計算ミスによってライセンサーに多くの対価を支払ってしまった場合(いわゆる「過誤納」の場合)、これは不当利得といえるものであるため、「過誤納の対価は返還する」と規定することが一般的です。
(8)監査
①監査の目的
ライセンサーがライセンシーの報告内容を確認する為にライセンサーが「監査」できるようにするための根拠となる条項です。この監査の実施によって、ライセンシーの不正や誤報告を防ぐことや、実施料の算定に間違いがあった場合に金額修正することを目的としています。
②監査の実際(方法・流れ等)
監査の具体的な手順や流れを明確に規定する必要があります。これには、監査の通知方法、監査の時期や回数、監査人、費用負担などが含まれます。
(9)秘密保持
①条項の内容
この秘密保持条項は、秘密保持契約書に規定する秘密保持条項と変わらない条項であることが一般的です。ただし、秘密保持の対象となる情報については、ライセンス契約書に固有のものがあります。例えば、当事者間でやり取りされる営業上の情報や、ライセンシーがライセンサーに提出する実施報告書の内容、改良発明の内容などです。
②目的外使用に関する注意点
ライセンサーの立場では、ライセンシーによる目的外使用が無いかについて、留意する必要があります。リバースエンジニアリング等によっても無断実施を特定できない場合が多いと思われます。よって、ライセンサーとしては、ライセンシーに対して必要以上の技術情報を開示しない、目的外使用の有無を監査の対象とする等の対応が必要であると考えられます。
(10)改良技術
①この規定の目的
この改良技術の規定は、ライセンシーが許諾特許の実施中に許諾特許に関する改良技術をなした場合の取り扱いを明確にするものです。
この改良技術は、ライセンシーが創出したものであり原則、ライセンシーに帰属します。しかし、ライセンサーとしては、改良技術の存在が自社事業の障害になる可能性がでてきます。そうならないように取り決めておくのがこの規定の目的です。
②通知義務
ライセンシーが改良技術を創出しても、ライセンサーは知りえないことが多いので、ライセンサーとしては、ライセンシーから改良技術の通知を求めることが妥当であると考えられます。
③改良技術の取扱方法
ライセンサーが改良技術について無償又は有償での通常実施権を得ることができる、など種々の規定方法が考えられます。ただし、独占禁止法ガイドライン(公正取引委員会が定める「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」)には改良技術の取り扱いに関するルールが規定されていますので、同ガイドラインをよく読んで対応する必要があります。
(11)保証
①保証の目的
保証条項は、主にライセンサーがライセンシーに対して、所定の事項について保証するかどうかを定める為の条項です。この保証の条項は、その実効を確保するためには、損害賠償や契約解除の条項と結びつけておく必要があります。
②ライセンサー・ライセンシーの立場
ライセンサーとしては、不確定な要素のあるものについて保証することは大きなリスクを伴うため、「保証しない」と規定すべきです。一方、ライセンシーとしては、対価を支払ってライセンス取得する以上、その担保の為にできる限りの保証を得ておきたい立場にあります。
よって、保証の条項は、ライセンス契約書の交渉において難航するものの一つといえます。
③保証の種類
a)無効理由不存在の保証
ライセンス対象の特許権に無効理由が存在しないことを保証するものです。特許権に無効理由があることが確定すると、特許権ははじめから無かったものとなります(特許法125条)。
よって、この無効理由というものは、ライセンサー・ライセンシーの双方にとりライセンス契約の前提が揺らぐ問題となります。
しかも、無効理由の有無は、第三者である特許庁や裁判所の判断により確定しますし、審査過程では発見されなかった資料に基づいて無効になる場合もあります。
ライセンサーとしては「保証しない」と規定したいところです。もしライセンシーとの交渉により「保証する」とせざるを得ない場合には、リスク低減措置として、「無効理由の存在を契約締結日において知らないことを保証する」又は「新規性など明らかな無効理由の場合のみ保証する」と規定することや、保証する金額や期間に上限を設けることが考えられます。
b)技術的効果の保証
ライセンス対象の特許権を実施して、所定の技術効果を発揮することを保証するものです。
ライセンシーとしては、事業目的の達成のためには、所定の技術効果を得られることが必須です。しかし、技術効果はライセンシーの実施条件によっても左右されるものですので、よって、ライセンサーとしては「保証しない」と規定したいところです。
もしライセンシーとの交渉により「保証する」とせざるを得ない場合には、リスク低減措置として、「ライセンサーの実施条件では技術効果を発揮することを保証する」又は「ライセンサーの実施技術が許諾に係る技術と同一であることを保証する」と規定することや、保証する金額や期間に上限を設けることが考えられます。
c)第三者権利を侵害しない旨の保証
ライセンス対象の特許権をライセンシーが実施した場合に、その実施行為が第三者の特許権等を侵害しないことを保証するものです。
ライセンシーの実施行為が第三者の特許権等を侵害するのは、許諾特許が第三者の特許権に対して下位概念や利用関係にあって許諾特許の実施が当該第三者の特許権を侵害する場合や、許諾範囲とは関係しないライセンシー独自の行為が権利侵害となる場合などが考えられます。
ライセンサーの立場では、実施許諾はライセンシーへの権利不行使の約束に過ぎず、また、ライセンサーの留意力は努力に関係なく侵害は生じうることから、ライセンサーとしては「保証しない」と規定したいところです。ライセンシーとの交渉により「保証する」とせざるを得ない場合には、保証の適用除外を規定したり求償額に上限を付すなどのリスク低減措置が考えられます。
(12)侵害の排除
①この規定の目的
侵害の排除規定は、第三者による許諾特許の侵害があった場合の対応を取り決めるものです。ライセンサー・ライセンシーの各々の状況を踏まえて、対応方法を協議して定めておく必要があります。
一般に、ライセンサー・ライセンシーとも、侵害を排除したいと考える場合も、侵害排除まで不要と考える場合もあります。例えば、前者については、自己が事業に実施しており第三者の侵害により自社事業に支障を生じている場合です。また、後者については、自社事業に影響を生じておらず侵害を放置しても実体的に問題がなく逆に訴訟等を行うための費用負担を避けたい場合です。
②侵害発見の通知義務
ライセンシーが侵害を発見した場合はライセンサーに通知するという義務をライセンシーに課すことが多いと思われます。
③侵害者への対応方法
侵害者に対する法的対応は、特許権者であるライセンサーが行うことになります。ただし、ライセンサーが訴訟を提起する義務を負うのか逆に権利を持つのかを定めておく必要があります。訴訟にあたり相互の協力義務を定めることが多いです。その訴訟の費用負担や損害賠償金の分配についても定めておくことが考えられます。
(13)不争義務
①不争義務に関する考え方
不争義務とは、ライセンシーがライセンサーの特許権の有効性を争わない義務です。裁判例によればライセンシーが許諾特許の有効性について争うことは否定されていませんので、契約上の制限が無ければ、ライセンシーは許諾特許の有効性を争えることになります。この不争義務の条項は、ライセンサーがライセンシーに特許権の有効性を争わない義務を課すための条項です。
②独占禁止法による規制
この不争義務については、独占禁止法ガイドライン(公正取引委員会が定める「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」)に取り扱いルールが規定されていますので、同ガイドラインをよく読んで対応する必要があります。
(14)契約の有効期間
①基本的な考え方
契約の有効期間は、契約期間の開始日と終了日を定めて、ライセンスの許諾期間を定めるものです。
②開始日の設定
契約の開始日は、ライセンシーが許諾特許を実施可能となる日です。具体的な日付として、「○○年○月○日」や「本契約締結日」などと明記します。
なお、ライセンシーの過去実施分の免責のために、上述した過去分免責条項を設ける代わりに、過去実施の開始日まで遡及させることによっても、実質的に過去分免責とすることができます。
③終了日の設定
契約の終了日を明確に設定します。「○○年○月○日まで」と具体的な終了日を明記することもありますが、「○○年○月○日から10年間」と年数等で規定することや、「許諾特許の存続期間の満了日まで」と規定することもあります。
(15)契約当事者の変動、許諾特許の保有者の変動
ライセンス契約において厄介な問題の一つに、契約当事者の変動や許諾特許の保有者の変動の問題があります。これらの変動がライセンサー・ライセンシーの相互の力関係や、ライセンシーの実施能力に影響が生じてライセンスの根幹が揺らぐ事態になるからです。
具体的には、ライセンシーが許諾対象の事業を第三者に譲渡する場合、ライセンシーが第三者に合併される場合、ライセンシーが第三者に会社分割する場合、ライセンシーが第三者を合併する場合、ライセンサーが許諾対象を第三者に譲渡する場合などがあります。
譲渡については相手方の同意を条件とする等の制限をかけることができます。しかし、会社合併・会社分割などの一般承継についてはその変動に伴って契約者の地位も必然的に移転されるのであり、これに制限をかけることができません。この場合、当該移転が生じた場合は相手方の当事者が契約解除できると取り決めておくことが考えられます。その結果、当該移転後に移転先の当事者と当該相手方当事者とがあらためて協議することになります。
(16)一般条項
ライセンス契約書においても、売買契約等の他の契約と同様に契約書一般に共通する規定が設けられます。
例えば、契約を終了させるための解約の条項、相手方が債務を履行しなかった場合の損害賠償請求の条項、反社会的勢力排除の条項、合意管轄の条項などです。
なお、ライセンス契約書では、「権利義務の移転」は、上述のとおり実施許諾の当事者の変更に関わる重要事項であるため、特に注意して規定を設ける必要があります。
4.その他のライセンスの留意点
以上で一般的な「特許」のライセンス契約書について解説しましたが、以下ではそれ以外のライセンス契約について特許との相違点を踏まえながら解説します。
(1)ノウハウライセンスの場合
ノウハウライセンスは、特許とは異なり、公表されていない技術や業務上の秘密情報を他者に使用させるための契約です。ノウハウとは、秘密状態に管理されている技術・知識です。このノウハウを秘密裏に用いることによって他社と差別化して優位な事業展開を可能にするものです。
ノウハウライセンスにおいても、許諾対象であるノウハウを明確に定義することが必要です。一般に定義の条項に設けた「許諾特許」「許諾ノウハウ」等を用いて特定することが多いといえます。これにより、ライセンス対象が明確になります。
一方、ノウハウは秘密管理された機微な情報であるため、契約書でノウハウを特定して記載することは難しいものです。一般には、ノウハウを記載した資料集の標題やノウハウの項目名で特定することが多いといえます。また、製品や製法を特定した上でこれに用いるノウハウと定義することもあります。
このノウハウライセンスでは、情報の秘匿性を保つために、秘密保持義務が特に重要となります。また、ノウハウが具体的にどのようなものかを明確に定義し、その利用範囲を限定することも必要です。ライセンサーとライセンシーの間で、情報の適切な管理と利用を確保するための具体的な手続きを合意することが求められます。
更に、ノウハウライセンスでは、特許権のような存続期間の満了という概念がなくノウハウが秘密裏に有効に管理されている限り期間の終了なく実施許諾を継続することが可能です。特に、特許権とノウハウの両方を実施許諾するライセンス契約では、特許権の存続期間が満了した後にノウハウ許諾をどのように取り扱うかが交渉の論点となり得ます。
(2)商標ライセンスの場合
商標ライセンスは、指定商品・役務について登録商標を独占的に使用することを許諾するものです。これによって、ライセンシーは、商標権者の持つブランド価値や市場認知度を自社の事業に活用することができるようになります。なお、使用する商標と登録商標との関係や、商品・役務と指定商品・役務との関係の何れかが同一ではなく類似する関係にある場合は、正確には、ライセンス契約ではなく「禁止権不行使の契約」となります。
商標ライセンスでは、特に、許諾対象の商標権がライセンシーの不正な商標使用により商標登録取消しになること、商品・役務の品質劣悪により信用が棄損されること、商標が普通名称化すること等を防止することに注意する必要があります。
よって、商標ライセンス契約では、商標の使用方法についてライセンシーが使用規約を遵守する義務をライセンシーに課すことも大変重要なことになります。
(3)著作物ライセンスの場合
著作物ライセンスは、ソフトウェアや音楽、文学作品などの著作物を他者に使用させるための契約です。この著作物ライセンスでは、著作権法により細かく権利が設定されていることから、特に、著作権の範囲や利用許諾の条件を詳細に定めることが重要です。また、ライセンシーが著作物を改変する場合の条件や、二次的著作物の権利についても取り決めておく必要があります。
5.ライセンス契約書に関する法律と規制
ライセンス契約書に関する法律と規制は、契約の有効性と適法性を確保するために重要です。例えば、特許法、商標法、著作権法などの各種の知的財産権法が存在します。また、その周辺領域を規定する不正競争防止法や独占禁止法、契約書の基本を定める民法なども考慮する必要があります。契約書がこれらの法律に違反しないようにする必要があります。
6.まとめ
ライセンス契約書は、知的財産の適切な利活用を図るために不可欠なツールです。本記事では、ライセンス契約書の基本的なポイントと主要な条項について解説しました。ライセンス契約書の内容をよく理解し、各項目を詳細に検討することで、企業は知的財産を最大限に活用し、ビジネスの成長を促進することができます。また、法律と規制に準拠した契約書の作成を通じて、法的リスクを軽減し、円滑なビジネス活動を実現することが可能となります。